学術出版系ブログScholarly Kitchenに,昨今,活発化しつつあるWebアノテーション動向を総括する記事「The Time for Open and Interoperable Annotation is Now」が2018年8月28日付で投稿された。今回は,その記事の要点を中心に紹介したい。なお,アノテーションとは一般的に注釈と和訳され補足説明をイメージすることが多いが,ここでは,コメント,メモ,訂正,画像など,オリジナル資料に関連した追加コンテンツを意味する。
ネット上の資料にアノテーションを追加するアイディアは1993年にリリースされたブラウザMosaicでも試みられていた。その後も有用性は認識されていたものの,使い勝手,ブラウザの処理速度,集中化したシステム,標準化の対応がネックとなり,実質的な普及に至らなかったと考えられている。
2017年2月,Web技術の標準化を推進する非営利団体のW3C(World Wide Web Consortium)がWeb上でのアノテーションに関するそれまでの議論を総括した勧告を発表した。これによりネット上のツールへの実装に対する共通基盤が整備された。
従来もネットの情報資料にコメントを記載する機能は設けられていたが,Webアノテーションとの違いとして以下の点が挙げられている。
・Webアノテーションでは公開範囲を自分自身,グループ,無制限に選べることで,様々な利用シナリオに対応する。
・コメント欄は,討議の場を提供することが主眼だったが,W3Cモデルでは,コメント,訂正,質問,分類,タグなどが想定されている。
・コメント欄は,記載されたページに留まり,実質的にその場を提供している出版者の所有になるが,対照的にWebアノテーションは記載者に帰属し,ブラウズ,検索,共有,記載内容の整理,他者が作成したフィードバックを発見することが可能。
・Webアノテーションは,HTML,PDF,EPUBなどのフォーマットや,プラットフォームの違いを超えて連携ができる。
・コメント欄は通常オリジナル資料の下に表示されるが,アノテーションは該当箇所に配置し,直接的なリンクの役割も担う。
・Webアノテーションでは外部システムとの連携のためのAPIを実装することができ,他のシステムから機械によるアノテーションを付与したり,データの取込みができる。
・Webアノテーションは,構造的にオリジナル資料とは別のレイヤーになっている。Webアノテーションの提供者が公開されるアノテーションを監視し,有害なアノテーションを非表示にしたり,常習者の利用アカウントを停止したりすることで品質管理の措置を講ずることができる。
学術活動への効果としては,個人的なメモの付与,重要な個所のハイライト,画像やリンクの挿入などの利用が想定される。グループや公開での利用では,共同研究者間,コミュニティー,クラスのコミュニケーションの効率化や,原稿の校正やレビュー,読者から著者への質問,資料の要求,最新情報への更新,知見の集約などが挙げられている。Webアノテーションを使ったピアレビューは,的確な運用,論文の質の向上につながる。刊行前だけでなく,刊行後の公開またはコミュニティーによるピアレビューにも対応できる。
教育面では,スライドや電子教科書へのアノテーション,授業の双方向化,遠隔学習への貢献のほかに,Eラーニングシステムとの連動による講師のワークフローの効率化やコースへの参加,評価の簡素化が期待されている。
Webアノテーションにおける生成物はデータであることから,データの発見(Findable),アクセス(Accessible),相互運用(Interoperable),再利用(Reusable)に関する適切な実施ルールとして重要視されているFAIR原則に基づき運用されることが望ましい。検索可能なメタデータとリンクを追加することでFAIR原則の推進にも寄与する。
W3C勧告では相互運用性を重要な目的としている。特定のプロバイダーやサービスに閉じ込められないような仕組みが求められる。
健全なWebアノテーションの発展のためには多くの関連機関の参加が肝要だが,2015年に非営利団体のHypothes.isによって結成されたAnnotating All Knowledgeには,普及のための連合体として,Hypothes.is,RedLink,PaperHiveなどのWebアノテーションツール提供者のほかに,Wiley,Elsvier,Oxford University Press,JSTORなどの学術出版者,HighWire Press,Atypon,COSなどのプラットフォーム提供者,W3C,NISO,Crossref,ORCIDや学術図書館など70以上の機関が参加している。Hypothes.isは,SocArXiv,PsyArXivなどプレプリントサーバに実装されているほか,Elsevierとの提携を発表していて認知度が上がっている。
読者諸氏におかれてもWebアノテーションツールの無料アカウントを取得し利便性を体感することを勧めたい。
<参考>
・The Scholarly Kitchen, The Time for Open and Interoperable Annotation is Now
https://scholarlykitchen.sspnet.org/2018/08/28/all-about-open-annotation/
・W3C Web Annotation Data Model
https://www.w3.org/TR/annotation-model/
・FAIR原則
https://www.force11.org/group/fairgroup/fairprinciples
・Hypothes.is (GET STARTEDからアカウント登録が可能)
https://web.hypothes.is/
・Annotating All Knowledge
https://hypothes.is/annotating-all-knowledge/
・Hypothesis Annotation Now Live on COS Open Science Framework Preprints
https://web.hypothes.is/blog/hypothesis-live-on-cos-osf/