2018年9月4日,欧州11の国立研究助成機関がcOAlition S(コーリションエス)と呼ばれるイニシアチブを始めることを発表した。
cOAlition Sは,加盟する機関が公的資金による研究成果を2020年1月1日以降,完全かつ即時にオープンアクセス(OA)にするために策定された原則「Plan S」の実現を目的にしている。
このイニシアチブは欧州27か国の研究助成財団と研究実施機関43が加盟するScience EuropeのMarc Schlitz理事長,EUの行政執行機関である欧州委員会(EC)のOA特使Robert-Jan Smits氏,EUで研究助成を行っている欧州研究会議(ERC)の科学評議会,参加助成機関の長らの協調により生まれた。発足当初は,オーストリア科学財団, フランス国立研究機構,アイルランド科学財団,イタリア国立核物理学研究所,ルクセンブルグ研究財団,オランダ科学研究機構,ノルウェー研究会議,ポーランド国立科学センター,スロベニア研究機構,スウェーデン環境・農業研究審議会,英国リサーチ・イノベーションが署名したが,フィンランドアカデミーとスウェーデン保健・労働生活・福祉研究会議が加わり,現在,12か国の13機関が参加している。
Plan Sの「S」はscience, speed, solution, shockなどを意味していると前述のSmits氏は語っている。全文は以下の通り。
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Plan S原則(試訳)
・2020年1月1日以降,国,欧州の研究評議会や助成機関の公的助成を受けた科学的な出版物は準拠するOAジャーナルかOAプラットフォーム上で出版されなければならない。
・著者が制限なく著作権を保持する。すべての出版物がオープンなライセンスで出版されることが求められ,クリエイティブコモンズのCC BYを推奨する。
いずれの場合でも,適応されるライセンスはベルリン宣言の必須条件を満たさなければならない。
・助成機関は高品質なOAジャーナル,OAプラットフォームが提供すべきサービスの断固とした基準と必須条件を確立することを共同で確実に行う。
・このような質の高いOAのジャーナルやプラットフォームが存在しない場合,助成機関はその設立に協調的な方法で動機付けし,適時サポートする。
OAインフラ構築のためのサポートも必要に応じ提供する。
・OAの出版費用は研究者個人ではなく,助成機関か大学が負担する。所属機関が限られた財源しかない場合でも,すべての研究者がOAで出版すべきであることを認識する。
・OAの出版費用は(欧州内で)標準化され,上限が設けられる。
・助成機関は,大学,研究機関,図書館に方針と政策で足並みを揃えることを要請する。
とりわけ透明性の確保は重視される。
・本原則は,すべてのタイプの学術出版に適用されるが,モノグラフと書籍のOAの実現に関しては2020年1月1日以降になることを猶予する。
・オープンアーカイブと研究成果のリポジトリによるホスティングの重要性は,長期保存機能と編集に関わる刷新がある
可能性を考慮し認識している。
・本原則ではハイブリッドOAを認めない。
・助成機関は,実施状況を監視し違反した場合には制裁措置を取る。
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当然のことながら,Plan Sに対し主要な出版社は懸念を示している。Natureは「急進的なOAがジャーナル購読を終わらせるかもしれない」と題する記事を掲載した。英国大学協会(UUK)が2016年に刊行されたScopus収録誌を対象に調査した結果によると,全体の37.7%が年間購読,45%がハイブリッドOA,2.2%がエンバーゴによる遅延型のOA,15.2%が完全なOAであることから,Plan Sが実施されると研究者は有力誌を含む約85%に投稿できなくなると述べている。Springer Natureはブログで研究とそのコミュニケーションはグローバルに行われているため変革は他の地域も考慮にいれるべきとの見解を掲載している。
助成機関の多くがPlan Sを支持する立場をとりながらも,Science Europeの有力メンバーでEUの中でも存在感の大きいドイツ研究振興協会(DFG)は,今のところcOAlition Sには署名していない。同会は従来より,OAの推奨と移行に重点を置く政策をとってきているとした上で,OA義務化はAPCの値上げや,インパクトファクターに代表される研究評価システムの根本的な変更を招く可能性があると危惧を示している。今後も,研究者の利益に基づき,アクセスとプロセスのためのコストの透明化に寄与する形でOAをサポートという立場を示した。
助成機関も,研究者の実績を評価する際には学術雑誌が今まで培ってきた権威付けによるシステムを一定のレベル利用してきている。その機能を完全・即時のOAがどのように担うようにするかは学術コミュニティー全体の関心事だろう。いずれにせよ新たな仕組みの開発と移行には相応の時間が必要だと考えられる。残された1年と数か月の間の進展に注目したい。
!掲載後の更新情報!(2019年8月30日追記)
2018年11月26日 「Plan S 実務ガイダンス(案)」公開
2019年5月31日 改訂版の「原則と実施ガイダンス(Principles and Implementation)」リリース
これにより、本稿の原則は草案との位置づけになりました。
最新の状況は以下の記事を確認ください。
・小誌 第308号 Plan Sの改訂(2019年8月30日公開)
https://www.usaco.co.jp/u_news/detail.html?itemid=1061&dispmid=605#un00
<参考>