抄訳
う蝕の主要な病原細菌であるStreptococcus mutansは、感染性心内膜炎(Infective endocarditis; IE)の起炎菌でもある。心疾患患者では心内膜や弁膜に内皮傷害を生じやすく、侵襲的な歯科処置で生じる菌血症によって、IE発症リスクが高まることが知られている。S. mutansの菌体表層には、コラーゲン結合タンパク(Collagen-binding protein; CBP)を発現している株が存在し、内皮傷害部位に付着しやすいことからIEに対する病原性への関与が取りざたされている。本研究では、重度う蝕病変部に存在するCBP 陽性S. mutansが、歯冠の崩壊により露出した毛細血管を介して傷害を受けた心臓弁に到達し、IEを発症する可能性について検討した。
18日齢のラットの口腔内にCBP陽性S. mutansを5日間連続して投与するとともに、スクロース56%配合う蝕誘発性飼料を常時与えることによりう蝕を誘発させた。その後、90日齢になったラットの右頸動脈より全身麻酔下にてカテーテルを挿入して大動脈弁に傷害を与えた。これらのラットでは長期的な飼育を行うほどう蝕が重症化し、心臓検体からS. mutansが分離される割合が増加した。特に、う蝕の進行により約半数の歯の歯冠が崩壊した場合に、心臓弁からS. mutansが分離されるリスクが有意に増加することが明らかになった。本研究結果から、心疾患患者において重度のう蝕病変を放置することは、IEの発症リスクを高めることが示唆された。