抄訳
従来、顎の解剖学的枠組みは、脊椎動物の間で一定のパターンに制約されていると考えられてきた。しかし哺乳類の顔は、その前端が可動式の鼻で構成されている点で特徴的であり、また骨格や神経など解剖学的構造の配置が他の四肢動物とはズレている。本研究は、哺乳類特有の顔が祖先的制約を大幅に逸脱し、新たな結合関係を得て初めて進化し得た進化的新機軸であることを示した。我々は様々な羊膜類胚を用いた比較形態学的解析やトランスジェニックマウスを用いた分子発生学解析を行い、哺乳類以外の四肢動物において前上顎骨(上あごの最前端の骨要素)を形成する発生原基が、哺乳類の上あごにはほとんど寄与せず、むしろ突出した鼻部を形成することを明らかにした。これに対しこれまで前上顎骨と認識されてきた哺乳類の口先の骨は、実際はその大部分が上顎突起に由来する中上顎骨(septomaxilla)に入れ替わっている。我々は以上の変化が実際に化石記録に見出せることも確認した。これまで認識されていなかったこのような再編成が鼻と口の形態-機能的な分離を可能にし、哺乳類の進化における高感度の触覚や嗅覚機能などの重要な革新を可能にしたのだろう。