抄訳
1分子 FRET 計測法は、生体分子の構造変化ダイナミクスの実時間での計測を可能とする有力な手法である。近年、タイムスタンプ (TS) フォトン検出方式を用いることで、高精度・高時間分解能で時系列信号を得ることが可能となった。一方、微弱な信号では揺らぎを無視できず、乱雑な信号から意味のある情報を取り出す信号解析が必要とされる。これまで、1分子ダイナミクスを状態遷移の繰り返しと見なし、隠れマルコフモデル (HMM) 等を用いて状態遷移軌跡を復元する方法論が提案されてきた。
本論文では、TS-FRET 信号の HMM を変分ベイズ (VB) 法で取り扱うことにより、時系列信号から状態数を推定し、状態遷移軌跡を復元する新たなデータ解析法を紹介する。シミュレーションにより生成した信号に適用することで解析法の評価をおこない、従来法よりも優れた結果を得られることを示し、性能の限界についての評価をおこなった。また、Holliday junction DNA の1分子 FRET 計測実験をおこない、その実測データに新たな解析法を適用した例を示した。
その結果、予想される状態数を正しく推定し、状態遷移軌跡を復元することに成功した。得られた結果は、branch migration の1ステップがたびたび複数塩基対のジャンプを含むことを示唆するものであった。