抄訳
母親の育児行動は種の保全にとって極めて重要であるが、育児行動の生物学的基盤に関する私たちの知識は不十分である。この論文では、母親の育児行動の程度は自分の胎児期に存在する因子によって制御されることを示す。我々は、Cin85欠損(Cin85-/-)母マウスは、脳における過剰なドーパミンシグナルの結果、下垂体ホルモンであるプロラクチン(PRL)分泌が減少していることを見出した。この雌の子孫は正常に成熟し自分の仔を産む。しかし、仔の巣への回収行動や授乳などの育児行動は強く抑制されていた。驚いたことに、WT由来の胚をCin85-/-マウスの卵管に移植すると、得られた仔は母親になりWTにも関わらず抑制された育児行動を示した。逆にCin85-/-由来の胚をWTマウスの卵管に移植すると、得られた仔は母親になりCin85-/-にも関わらず正常な育児行動を示した。さらにPRLをCin85-/-マウスの妊娠末期に投与した場合、誕生した仔の多くは母親になり育児行動を示した。これは、育児行動に関連する脳内神経回路がCin85-/-から生まれた子どもでは活動的ではなかったが、母親へのPRL投与はこの回路の神経活動を正常レベルに回復させたという知見と相関する。これらの結果から、妊娠後期は次世代における育児行動の発現を決定する上で極めて重要であり、母親のPRLはこの発現のための重要な因子であることが示唆される。周産期に分泌される母体からのPRLは、母親だけでなく仔においても将来母親になった際の育児行動の発現に影響を及ぼす。