昨年9月4日にPlan Sの根幹をなす「原則」が発表されて間もなく1年が経とうしている。当時の状況は小誌の299号でも報告し,その後の動きも含めた記事が情報科学技術協会(INFOSTA)の会誌,ブログやニュースサイトなどに掲載されている(参考文献)。Plan Sは言うまでもなく大きな反響を呼び,学術コミュニケーションに関わる,出版社,研究者,図書館などの多くのステークホルダーがオープンアクセス(OA)のみならず学術出版システムを再考する契機となった。
Plan Sは欧州11の公的助成機関が中心になり立ち上げたcOAlition Sが作成した,完全かつ即時のオープンアクセスを実現するための計画だ。研究資金を提供する助成機関が,その研究成果の出版要領を定めることで,学術コミュニケーションにおける高い現状変更効果が予想された。2020年1月発効という性急さと,ハイブリッドOAとグリーンOAを除くOA出版しか認めない強硬な条件を掲げた原則の発表で賛否合わせた活発な議論が巻き起こる中,同年11月26日にはPlan Sに準拠するための手引きとなる「実施ガイダンス(Implementation Guidance)」が公開された。cOAlition Sはこのガイダンスに対するフィードバックを2019年2月1日まで受け付け,40か国から600以上のフィードバックを集めた。
そのような経過を経て2019年5月31日に改訂版の「原則と実施ガイダンス(
Principles and Implementation)」が発表され,実現性などを考慮した変更がなされた。本文書は,「1. 原則」,「2. 実施ガイダンス」,「3. 技術ガイダンスと必須要件」の3つのパートで構成されている。主に「2. 実施ガイダンス」に記載された内容を,他のパートに記載された関連情報も補い再構成して以下のようにまとめた。
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[骨子]
cOAlition Sメンバー機関による公的・私的研究助成に研究成果を受けた査読出版物は全て,OAべニュー(OAジャーナルかOAプラットフォームを総称)またはOAリポジトリに即時(エンバーゴなし)に発表。2021年1月1日発効。
* OAプラットフォームとはウェルカムトラストのWellcome Open Researchやゲイツ財団のGates Open Researchなどを意図している。
* 発効時期は各メンバー機関の判断で前倒しすることも可能。
* 研究データや他の研究成果物の公開は推奨要件。
* 2021年末までにモノグラフとブックチャプターに関する方針を発表する。
[出版ルート]
Plan Sに準拠するためには対象となる研究成果は以下の3ルートのどれかで出版されなければならない。
① OAべニューでの出版。cOAlition Sメンバー機関が出版費を負担する。
② 購読型のジャーナルで出版するが,OAリポジトリに正式版(VoR)もしくは著者最終稿(AAM)を即時に登録。
③ 購読型のジャーナルにハイブリッドOAとして出版。この場合,転換契約(Transformative Agreement)の一部であることが条件。cOAlition Sメンバー機関による出版費負担は可能。
* 転換契約は基本的に購読型の出版モデルからOA出版モデルに移行するための暫定的,過渡的な契約形態との認識の元,出版費の支援は2024年末までで終了する。
* OAべニューとOAリポジトリの必須仕様と推奨要件は「技術ガイダンスと必須要件」に記載。
[著作権・ライセンス]
・著者または所属機関が著作権を保持。
・クリエイティブコモンズライセンスを推奨し,CC BY 4.0をデフォルトとし,CC BY-SA,CC0も認める。
・CC BY-NDについてはメンバー機関の判断で,受給者(著者)からの正当なリクエストがあれば認める。
[出版社の価格設定]
・出版社は論文の出版費と転換契約などの価格設定に透明性を持たせる義務を負う。cOAlition Sは出版社の出版経費と料金設定を監視する。
・cOAlition Sは2020年1月までに出版社や他のステークホルダーと共に論文選定,査読,編集,校正などの個々のサービスの要求価格を定義する。出版社は最低で出版社レベルでの内訳を提供する(ジャーナルレベルを推奨)。不合理な価格設定があった場合はcOAlition Sが各メンバー機関と協調し価格の上限を設ける可能性がある。
[レビュー]
・cOAlition Sは2024年末までに,Plan Sの準拠必須要件,効果および影響を調査する公式レビュー作業の結果を取りまとめる。
[準拠のモニターと制裁措置]
各助成機関が義務遵守のモニター方法と制裁を決める。違反者には助成金の撤回,将来の応募対象からの除外,非準拠の出版物を申請書の実績から除外することが想定される。
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Web of Scienceに収載された2017年出版のデータを使った調査(参考文献)によると日本のPlan S対象論文は3.4%に留まり,今後その傾向に大きな変化がなければ直接的な影響は比較的小さいと予想される。
当面は,Plan S対象論文を多く掲載する出版社を中心に契約体系に転換契約を加える動きが強まるだろう。国内の学術機関でもそのような二次的な影響の利点を享受するための準備が必要になる。
<参考>
・Plan S:Principles and Implementation
https://www.coalition-s.org/principles-and-implementation/
・小誌 第299号Plan Sの波紋
https://www.usaco.co.jp/u_news/detail.html?itemid=196&dispmid=605#un01
・船守 美穂. プランS改訂―日本への影響と対応. 情報の科学と技術2019年69巻8号 p. 390-396
https://doi.org/10.18919/jkg.69.8_390
・林 豊. Plan S:原則と運用. 情報の科学と技術. 2019 年69巻 2号 p. 89-93
https://doi.org/10.18919/jkg.69.2_89
・尾城 孝一.「転換契約」とJUSTICEの「転換」. 情報の科学と技術 / 69巻 (2019) 8号
https://doi.org/10.18919/jkg.69.8_387
・野村 紀匡, 林 和弘. プランSが日本の学術情報流通に与える影響についての計量書誌学的分析. 第16回情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集
https://doi.org/10.11514/infopro.2019.0_67