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2004/09/30:第146号NIHのオープンアクセス提案:学術出版業界に大きな波紋
 

NIHのオープンアクセス提案:学術出版業界に大きな波紋
米国の下院歳出委員会は本年7月14日、2005年度の予算案承認に伴い、
国立衛生研究所(National Institute of Health: NIH)が助成した研究
成果について書かれた論文を、出版後6ヶ月以内にNIHの医学関連論文の
アーカイブサイト、PubMed Centralに収録し、誰にでもアクセス可能に
するよう勧告した。同委員会は、学術ジャーナルの価格高騰によって税金で
賄われた研究成果へのアクセスが妨げられていることを懸念しており、
報告書を本年12月1日までに提出するようNIHに要請している。

 これを受け、NIHは9月17日、委員会の勧告内容をまとめた通告書、"Enhanced
Public Access to NIH Research Information"を連邦広報に掲載し、
本年11月16日までに当案件に対するコメントを提出するよう学術出版業界
などに呼びかけたが、広報に掲載される以前に、当提案に対する賛成、反対の
意見が多く寄せられ、大きな波紋を呼んでいる。

 ノーベル賞を受賞した25名の科学者は8月26日、歳出委員会の勧告を支持し、
議員宛てに連名で公開状を提出した。これによると、「税金によってサポート
された学術知識の普及を妨げるいかなる障害に対して異議を唱える」とし、
「研究発表の増加、ジャーナル価格の高騰、図書予算の停滞により、図書館は
学術ジャーナルを購読するために苦闘している」と指摘している。また、オープン
アクセスによる出版社への影響に対しても、「(PubMed Centralでの)オープン
アクセスは、NIHから助成金を得ている研究のみを対象にしており、学術ジャーナル
の多くの論文はこの規定に適用していない」として、NIHの提案が学術出版
業界を脅かすことはないと主張している。

 また、ライフサイエンス系オープンアクセス出版社、BioMed Centralも
今回のオープンアクセス提案に賛同しており、NIH宛てに公開状を提出して
いる。BioMed Centralはこの中で、2006年初めには自社の利益が損失を
上回る予定であることを挙げ、オープンアクセスが学術出版の新しいモデル
として証明されたと主張している。その上で、NIHが定めた出版後6ヶ月間の
猶予期間に対し、「(従来の出版社にとって)十分かつ適切な救済措置」として
評価している。

 一方、全米出版社協会(Association of American Publishers:AAP)など
3団体は8月23日、NIH宛てに今回の勧告に反論する公開状を提出した。これに
よると、NIHが当提案内容を公開する前に学術出版業界との議論を怠ったことを
強く非難し、政府機関がPubMed Centralへの論文提供を出版社に強要する上での
問題点を以下のようにまとめている。

1. 政府機関が運営しているリポジトリに学術出版物を提供するよう強要する
  政策は、民間企業による正当な事業利益に対して不当に介入するものである。

2. 政府機関が運営するリポジトリに強制的に論文を提出させるといった政策の他に
  代替案を全く考慮しておらず、また、リポジトリの構築費用についても言及して
  いない。

3. 出版が許可された論文を政府機関が運営するリポジトリに提供すると、出版後に
  作成された修正版などとの一貫性がなくなる可能性がある。

4. 税金で助成した研究論文においても、出版社が経費をかけて査読プロセスを
  行っており、政府機関が無料公開できるものではない。

5. NIHの政策は、学術出版社の出版モデルを現行の購読ベース出版から、未だ出版
  モデルとして定着していないオープンアクセス、すなわち著者が投稿料を支払う
  出版モデルに強制的に移行させてしまう可能性がある。

6. 学術出版社は学術情報の提供方法において技術革新を行い、その結果、研究者に
  よる学術論文へのアクセス数は飛躍的に増大した。購読ベース出版モデルが
  医薬文献へのアクセスを不当に妨げているという主張は、誤った認識である。

7. NIHは医薬系学術出版業界と協力し、原著論文を一般に公開する必要性について
  より総合的な分析を行う必要がある。多くの医薬系論文は他の研究者を対象と
  しており、すぐさま臨床に応用できる情報を提供しているわけではない。

8. 研究開発に割り当てられるべきであるNIHの援助金は、特定の出版モデルを擁護し、
  自由競争を妨げる政策を行使するために使われるべきではない。

9. NIHが国民の税金で管理・運営するPubMed Centralは、民間セクターの活動と
  重複、競合しており、オープンアクセスを通じてコンテンツを提供しようとする
  一部の出版社の利益にのみ合致するものである。

 このように、NIHのオープンアクセス提案に対する意見は大きく分かれており、
妥協点を見出すのは困難と思われる。ただし、歳出委員会からの予算を確保する
ためにも、NIHは12月までには結論を出す必要があり、今後のNIHと学術出版社との
話し合いによって提案内容がどのように変化するか、オープンアクセスの今後を
占う上でも大きく注目される。

<参考資料>
・NIHホームページ:"Enhanced Public Access to NIH Research Information"
http://grants.nih.gov/grants/guide/notice-files/NOT-OD-04-064.html

・米国科学者連盟ホームページ:2004年8月ニュースページ(ノーベル賞科学者による公開状)
http://www.fas.org/sgp/news/2004/08/index.html

・BioMed Centralホームページ:NIHへの公開状
http://www.biomedcentral.com/openaccess/miscell/issue=20

・Professional Scholarly Publishing:NIHへの公開状(ワードファイル)
http://www.pspcentral.org/committees/executive/Open%20Letter%20to%20Dr.%20Zerhouni.doc

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