抄訳
社会環境は、動物の行動選択に大きな影響を与える。たとえば採餌行動では、動物は既知の餌場に留まって資源を得ようとするが、競合個体が多数存在する状況では、新たな資源を求めて未知の環境へ移動する傾向が強まる。同種個体の存在や集団内での競合といった社会環境は、このような行動選択の方向性を大きく変化させる。こうした意思決定の仕組みは、動物の生存戦略を規定する根本的な原理である。
この研究では、線虫の温度走性行動をモデルとして、社会環境に応じた意思決定の神経基盤を追究した。線虫は、個体密度が低い条件では餌と連合した温度域を好むが、個体密度が高い条件では集団の一部が異なる温度域を選好するようになる。この行動変容には複数の神経細胞を結ぶギャップ結合ネットワークが必須である。このネットワークは、個体密度を感知する感覚ニューロンから温度情報を処理する神経回路へと個体密度の情報を伝達し、その結果、餌と連合した温度に対する情動的価値(好嫌)が変容する。以上のことから、幼少期の社会経験に応じた行動変容を促す神経基盤として、ギャップ結合ネットワークが作動していることが示された。