抄訳
気管や卵管の上皮には繊毛を持つ細胞が存在する。1つの細胞から300~400本の繊毛が生えており、繊毛が協調して波打ち運動をすることで、気管内の異物の排出や卵管での卵の輸送を行っている。繊毛は微小管軸索を中心とした細胞骨格構造を持つ。一方、精子の鞭毛も繊毛とほぼ同様の細胞骨格構造を持つが、鞭毛は渦巻き運動を行い、またその構造は細部が異なっている。繊毛の先端部分には、気管内の粘液や異物を排除するのに最適化していると考えられる特殊な構造が存在するが、この構造は精子の鞭毛には存在しない。繊毛の先端構造を構成する分子はこれまで全く知られていなかった。そこで、繊毛先端の特殊構造の形成に必要な蛋白の探索を行った。
我々は気管上皮繊毛細胞を初代培養して繊毛形成をin vitroで誘導し、繊毛形成時に発現上昇する遺伝子を検索できる系を作成した。In silicoスクリーニングにより、繊毛細胞で特異的に発現し精子では全く発現していない遺伝子の一覧を作成し、その中から繊毛形成時に発現上昇する遺伝子を探索した。得られた候補分子を用いて細胞内局在スクリーニングを行い、繊毛先端に特異的に局在する初めての蛋白を同定した。我々はこの蛋白を“sentan”(先端)と名付けた。Sentanは細胞膜と微小管軸索を結びつける蛋白としても、初めて発見されたものである。Sentanは陸上生活をする脊椎動物間で保存されているが、魚類には存在しない。すなわち空気呼吸する生物において、sentanによる繊毛先端部の特殊構造の形成が、気管内異物除去の点から生存に有利であったと考えられる。Sentanの発見は、呼吸器疾患の研究のみでなく、繊毛形成機構の解析と空気呼吸の進化の研究に役立つものである。またSentan-GFPにより繊毛先端の蛍光ラベルが生体内で可能となり、高速度撮影による繊毛運動の解析にも非常に有用なツールとなることが期待されている。