抄訳
葉緑体とシアノバクテリアのATP合成酵素(FoF1)は,光合成電子伝達系と協働して働き,生命のエネルギー源であるATPを合成している.興味深いことに,光合成生物由来のFoF1のγサブユニットには,ミトコンドリアやバクテリアの酵素には見られない35-40アミノ酸で構成される特有の挿入配列がある.最近の構造解析により,この挿入配列が柔軟なβ-ヘアピン構造をとり,複合体分子内では酵素活性に影響する場所に位置していることが明らかになった.そこで,本研究ではこのβ-ヘアピン構造の可動性に注目してその周辺にCys残基を導入し,それによって形成されるジスルフィド結合を用いてβ-ヘアピン構造の動きを固定できる変異体を作製した.そして,ATP加水分解活性と活性制御がどのように変化するかを調べた.その結果,β-ヘアピン構造の下部を固定すると,ATP加水活性とADP阻害のpH依存性が著しく低下した.また,β-ヘアピン構造の上部はεサブユニットの結合によって構造が変化し,ε阻害を促進することが分かった.これらの結果は,光合成生物だけが持っている挿入配列がATP加水分解を制御し,生体内ATP濃度の維持管理に必要不可欠であることを示唆している.