抄訳
私たちの体内の臓器や細胞は、活動状態の変化や疾患に伴い、低酸素環境に曝される。このような状況下で、細胞の生理機能を調節して、適応に働くのが低酸素応答である。低酸素応答時には多数の遺伝子の発現が誘導される。遺伝子の発現に重要な働きをする要素として、転写因子やクロマチン構造があるが、低酸素下におけるクロマチン構造の知見はほとんどなかった。本研究では、乳がん細胞を低酸素環境で培養した後、新しい実験手法HIPMap法を用いて、遺伝子の核内配置をイメージングで解析し、低酸素に応答して多数の低酸素応答性遺伝子が核内でポジションを変化させていることを明らかにした。さらに、ポジションの変化は、核の内側・外側に向かって移動するものの2タイプに分けられ、その移動度は遺伝子よって異なっていた。一方で、核内で遺伝子が移動する方向と遺伝子発現の間には有意な相関は認められなかった。
低酸素環境が、がんの進展を促すことは、これまでに多数報告されている。その根本的なメカニズムは、低酸素に応答した遺伝子発現である。核内の遺伝子のポジションはクロマチン構造と密接に関わっており、遺伝子発現のON/OFFを担う要素である。本研究成果は、低酸素下でのがんの遺伝子発現を担う分子メカニズムの一端を明らかにしたもので、核内での遺伝子配置の変化を制御できれば、がんの遺伝子発現様式を書き換えて、がん進展を抑制する手法につながることが期待される。