人工知能(AI)は業種を問わず様々な業務の効率化や改善に活用されている。学術出版界でのポテンシャルも大きく,活用へ向けた取り組みが進みつつある。
2021年4月29日に開催された国際STM出版社協会の春季会議 Innovations Day 2021では,『AI in Publisher workflows』と銘打ったセッションにおいて,学術出版のワークフローにおけるAI技術の活用事例が発表された。
その中から査読プロセスを向上させた3社の例を紹介する。
【米国光学会】
米国光学会の出版部門(OSA Publishing)は,査読者の選出作業にAI技術を役立てている。査読者には該当分野の知識,コミュニティへの積極的な関与,レスポンスの良さ,洞察や明快なレポート能力が要求される。このような人材を探すために,従来は著者からの推薦,エディターの人的ネットワーク,データベースのキーワードや引用検索などが用いられてきた。限りある人脈や手間のかかる検索に頼らねばならないことが長く問題視されてきた。
OSAは同機関にて近年出版された論文のデータを基に,投稿原稿に関連する論文をAIの類似分析により同定し,その著者の中から査読者候補をエディターに推薦するシステムを開発した。なお,AI部分にはexpert.aiのサービスが使われている。
候補者を表示する画面では,専門分野,過去の査読歴,レビュー提出までの平均日数や利益相反などの情報が確認できるようになっている。
【Hindawi】
Hindawiは2020年6月に,投稿者へのオプションサービスとしてAI英文校閲ツールWritefullの提供を開始した。同社が刊行する230誌では英語を母国語としない著者が約75%と多く,言語の不慣れさに起因する問題を減らしたいとの意図があった。
同社の投稿画面には,無料でAI英文校閲が受けられることが表示され,Writefull Reviseと呼ばれるサービスへのリンクが表示される。著者がWritefull Reviseに投稿原稿をアップロードすると,AIによる文法,スペル,用語,句読点,スタイルのチェックが行われ,改善提案が表示される。著者は各提案の受け入れ・拒否を選択し、編集作業を完了する。その後、オンライン投稿システムへナビゲートされる。
サービスの開始から2021年3月までの9か月間で,投稿著者約2万人がWritefull Reviseにアクセスした。同期間の全投稿数の約10%にあたる6,000の原稿に校閲が実施され,各原稿には平均約100の提案が表示されたとのことである。
Writefullを使った原稿では,同じ地域からのその他の原稿と比べ,アクセプトまでの期間が平均で約20日短縮され,レビューのラウンド回数が0.5減ったと報告されている。AI校閲サービスの導入により著者の便宜を図るだけでなく,査読・編集側が投稿原稿を読解する際の負担を軽減する効果が得られた。
【ACS】
ACSの出版部門(ACS Publications)はリジェクトした投稿原稿を,同社が出版する他のタイトルへ転送するサービスを運用している。コストと時間がかかる査読プロセスを経てリジェクトされた原稿が,ACSの他のジャーナルで受理される可能性があるにも関わらず,他社ジャーナルに出版されてしまうことはACSにとって損失となる。また,著者は次の投稿先をインパクトファクター順に選ぶ傾向があるため,同社ジャーナルが選択されてもスコープが合わず再びリジェクトされることも多かった。このような状況を改善するために多忙な編集者が担当外の自社ジャーナルを把握し転送提案する体制をとることは現実的に難しい。
そこで原稿テキストのセマンティックな分析と出版履歴を基にしたAIによる転送先のレコメンデーションツールを導入し,査読システムとリンクするようにした。この試みは編集者にも著者にも好意的に受け取られ,以前は他社に流れていた論文の約4分の1がACS刊行誌に留まっていると報告されている。
学術論文の出版数が年々増加する中で,その質を保障する査読は多くが手作業に支えられてきた。AIによる支援は,出版社のみならず,研究コミュニティにとっても効率化と負担の軽減をもたらす。今後も,適切に,革新的に,かつ倫理に則って活用が拡大することが期待される。
・AI in Publisher workflows
https://www.stm-assoc.org/events/stm-spring-innovations-day-2021/
・Innovations Day PM(イベントのレコーディングYouTube)
https://youtu.be/gikXFUIiZYg
・expert.ai
https://www.expert.ai/