国際STM出版社協会が近未来の学術出版を予想する技術トレンドの2021年版が公開された。毎回,予想した内容を視覚化したポスターが作成されているが,今回は物理学者Heinz Pagels氏の著書の一説“The world changed from having the determinism of a clock to having the contingency of a pinball machine.”を引用し,業界が持つ不確実性と様々な可能性をピンボールマシンに例えて表現している。イラスト中の球が価値,発射装置がイノベーション,球を打ち返す左右のフリッパーがそれぞれ人的支援とAIの支援を表している。正しい場所に球がヒットすれば,価値を獲得することができるが,フィールド上にボールをキープできなければ,価値を失いゲームの継続ができなくなる。ボードの中心にはコアテーマとして「信頼と誠実」が据えられ,その周囲に以下4つのセクションが設けられボーナスポイントが獲得できる。
(1) 正確さとキュレーション
編集プロセスのイノベーションに関するセクション。査読への信頼,再現性,一貫性の確認が重要なポイントとして挙げられている。具体的な要素としては検証ツール,剽窃の検出,画像改ざんの検出,統計の検証,品質管理の自動化,デジタルワークフローの最適化,データキュレーション,全成果物のメタデータ付与が挙げられる。また,デジタル戦略を成功させればボールの再発射もできるとしている。
(2) スマートサービス
テキストデータマイニングサービスに関するセクション。このエリアで潜在的な開発がIoTやブロックチェーンに関連している。具体的には,マシンラーニング,ビッグデータのアプリケーション,自動化された整合性チェック,コンピュータ支援の推薦図書リスト,ナレッジグラフ,Linked Open Dataが潜在的なサービスと考えられる。査読の自動化に関して更なる開発も可能であり,「サービスとしてのモノ(Things as a Service)」の対応が近い将来我々の経験に影響を与える可能性がある。
(3) 科学者個人への貢献
サービスをパーソナライズするための大規模な利用者データのアプリケーションに最も多くのボーナスポイントが存在することが想定されている。ユーザーデータプライバシー,認識と認証,簡単なオプトアウトといった要素に価値が影響される可能性がある。その他重要な要素としてはリコメンデーションサービス,個人のトラッキング,EU一般データ保護規則(GDPR),新しいインパクト指標,社会の課題,アクセスと認証,生涯学習,MOOCsの再来などが挙げられる。
(4) コラボレーションと共有
検索と共有が他のサービスとどのくらい統合されているかが付加価値を高めるポイントである。この領域ではプレプリントサーバーの拡大とソーシャルシェアリングのネットワークが最も重要な要素として存在する。その他の重要な要素としてデータの共有,実験データのストリーミング,リモートの実験環境,透明性,共同執筆,注釈の公開,原稿の共有などが挙げられる。
ピンボールのフィールドに留まりゲームを続けるためには,十分な予算と,出版を委託され続けることが必要だ。購読機関や助成機関の動向にも影響される。ボールを失う機会として,情報戦やサイバー犯罪が挙げられ,情報戦では個人データの悪用,サイバーいじめ,サイバー犯罪ではコンテンツを配布する海賊版サイト,ハッカー,窃盗,不正なIPアドレスなどの要素が想定されている。
‘The Contingency of a Pinball Machine”? The STM Future Lab Looks Forward to Technology Trends in 2021
https://scholarlykitchen.sspnet.org/2017/05/11/contingency-pinball-machine-stm-future-labs-looks-forward-technology-innovation-2021/