学術出版協会(Society for Scholarly Publishing)の第39回年次会議が2017年5月31日から6月2日米ボストンで開催され,弊社も参加した。今回は,「Striking a Balance: Embracing Change While Preserving Tradition in Scholarly Communications(学術コミュニケーションにおける伝統維持と変化受容のバランス)」がテーマに掲げられた。
基調講演は2つ組まれ,どちらも研究の経済面に関連した内容となった。初日には,ジョージア州立大学の経済学教授でScience誌の編集委員も務めるPaula Stephan氏が登壇し,米国の若手研究者の窮状を訴えた。
米国では2015年に41,256人がPhDを所得したが,学術研究機関で終身在職権(テニュア)を得られる人の割合は,数学の29%以外,他の分野では10%台前半に留まっている。学術機関にポジションを得られたとしても,概して雇用は不安定で長時間労働を強いられるケースが多く所得も低い。同氏は大研究室が助成機関から研究費を受け続けないと存続できない状況を,売上が芳しくなければ撤退しないといけないショッピングモールのテナントに例えた。助成を受けるためには論文執筆が必要だが,研究職に留まることを目的に書かれた論文が多くなれば新進気鋭の研究が減り,科学の発展のためにならないと述べている。皮肉なことに革新性とオリジナリティーの高い論文ほど出版から3年後以降に引用が増え,インパクトファクターの低い雑誌に掲載されることも多いと言う。国内でも,著名な研究者が基礎研究の先細りへの警鐘を鳴らしているが,本講演により多くの参加者が現状を再認識した。
2つ目の基調講演では,トランプ政権と科学について米国の科学技術政策に詳しいScience誌のJeffery Mervis氏が科学技術予算に関する知見を述べたが,概ね楽観的な見通しを語った。
その他のセッションでは,オープンデータ,プレプリントサーバの拡大とその影響,著作権侵害,AIやマシーンラーニングの出版への活用,データを根拠にした意思決定,PDFからより高度なフォーマットへの模索,Linked Data,など幅広いトピックがカバーされた。
展示では,従来からの論文投稿システム業者や,著作権管理団体のサービスのほか,出版者向けの抄録化やメタデータ強化サービス,具体的には書籍(やチャプター)の要約文を機械作成・付与し,電子書籍化した際の発見性向上を支援するものや,IT技術を使い,検索者の意図に合った絞り込まれた結果を返すディスカバリーや,不正利用から出版者を守るサービスなどが紹介されていた。また,本会議に同期し,Sheridan PressがPubFactoryを,また,Clarivate AnalyticsがPublonsを買収したことが発表され,スケールメリットではなく,機能強化のための再編が指向されているとの印象を受けた。
本会議は,岐路を迎えている学術出版の今後に対する関心の高さを象徴するかのように,初めて1,000人を超える参加者を記録した。SSPの機関誌である「Scholarly Kitchen」にも参加者の感想がアップされているが,テイクアウェイの多い満足度の高いイベントであった。
39th SSP Annual Meeting
https://www.sspnet.org/events/annual-meeting-2017/event-home/
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