今日,学術的なコンテンツの出版と利用面においては電子が主流となり,電子版のみが出版される資料も増えている。これらの多くがネット上のサーバから提供されるが,メディアやハードウェアの障害,自然災害,出版者の倒産などの要因でデータを失ったりサービスが停止したりする可能性は十分にある。また,コンテンツを閲覧する際に,記録方式やツールの仕様変更のため正しく再現できなくなることも実際に起きている。
このような電子出版の永続的な利用を脅かす問題は電子ジャーナル普及における早い段階から予想され,その解決のため今までいくつかのプロジェクトが取り組まれてきた。中でも10年以上の運用実績を重ねてきたCLOCKSSとPorticoは学術コミュニティーの中で認知度が高く定着している。双方とも正規サービスが利用できなくなるトリガーイベントが発生した場合にアクセスを提供するダークアーカイブである。
CLOCKSS
米スタンフォード大学が開発したコンテンツの収集,保存,提供のためのソフトウェアLOCKSS(Lots of Copies Keep Stuff Safe)を技術基盤としたアーカイブプロジェクト。2008年から非営利組織として参加する図書館と出版者が共同で運営している。2018年11月現在,257の出版機関,315の図書館(うち105は日本の学術機関)が参加し,雑誌25,350タイトルからの論文が約3,000万点,書籍75,000点がアーカイブされている。参加出版者には年間費用と論文や書籍点数に応じた従量制の課金がある。図書館は支援者として位置づけられ,事業に貢献するための協賛金を負担する形態をとっている。資料の保存は世界各地域の著名な12の学術機関をアーカイブ・ノードとして実施する分散方式を採っていて,アジアにおいては国立情報学研究所(NII)がその役割を担っている。
CLOCKSSは2018年11月5日付で,同プロジェクトが万が一終了した場合に12ノードのうち,意図的に,米・英・独・加の地理的にも分散した異なる4つ国から選ばれたスタンフォード大学,エディンバラ大学,フンボルト大学,アルバータ大学がCLOCKSSの役割を引き継ぎ,収集・保存・公開の作業を継続するという事業継承プランを発表した。CLOCKSSは,北米研究図書館センター(CRL)が2013年9月から2014年5月までに行ったリポジトリとしての監査で高い評価を受けたが,課題として正式な継承プランがないことを指摘されていた。今回この点を補ったことで長期運用における信頼性をより高めた。
Portico
Porticoは,2002年にJSTORがアンドリュー・メロン財団の助成を受けて開始した電子アーカイビングプロジェクトを前身とし,2005年にJSTORと非営利法人のIthakaのサポートのもとに発足した。現在は,JSTORとともにIthakaが提供する4つのサービスの一つとなっている。2018年11月現在で出版社584から雑誌31,499タイトル,電子書籍 1,328,687,コレクション 199,アイテム数では9,300万点をアーカイブし,1,026図書館が導入している。順調な拡大が続く中で,アーカイブのサイズが2006年当時の1,600倍に成長した。2016年に,11年間におよぶソフトとハード両面における進化を享受するために再投資が必要との認識から2年間の大規模改修プロジェクトをスタートし2018年9月に作業を完了した。これにより,高速化と,コンテンツプロセスと管理能力の向上,ストレージの増強(アーカイブのサイズにして100%以上),管理の自動化による生産性の向上などを実現した。
国内の図書館での導入実績はないが,J-STAGEに登載されている日本の学協会等が発行する約2,700誌のうち,2,105誌がPorticoに参加することになり2018年11月20日から運用が開始されている。
学術的な資料が科学の記録として果たしてきた役割を伝承するためにも,永続的なアクセスを提供するダークアーカイブは極めて重要な存在だ。実際,これまでトリガーイベントが発生しCLOCKSSでは53誌,Porticoでは118誌が提供されている。今後も多様性,確実性,持続性を高めることが肝要だろう。そのためにもコミュニティーによるサポートと,ニーズの変化,出版や技術の進歩に合わせた弛まぬ更新が求められる。
<参考>
・CLOCKSS:
https://clockss.org/
・細川聖二. グローバルなダーク・アーカイブCLOCKSS:学術コミュニティーによる電子ジャーナルの長期的保存への取り組み. 情報管理. 2016, vol.59, no.3, p.156-164:
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/59/3/59_156/_pdf
・守屋文葉. E1117 - CLOCKSSへ日本の大学図書館が参加. カレントアウェアネス-E. 2010.11.18.:
http://current.ndl.go.jp/e1117
・CLOCKSSへの支援 | JUSTICE:
https://www.nii.ac.jp/content/justice/project/clockss.html
・Updated Certification Report on CLOCKSS(CRL):
https://www.crl.edu/sites/default/files/attachments/pages/CLOCKSS_Report_2018.pdf
・Portico:
https://www.portico.org/
・The Scholarly Kitchen, The Evolution of Infrastructure: Making a Renewed Investment in Preservation at Portico
https://scholarlykitchen.sspnet.org/2018/10/17/guest-post-the-evolution-of-infrastructure-making-a-renewed-investment-in-preservation-at-portico/
・第161号電子ジャーナルアーカイブへの取り組み「Portico」(2006年03月):
https://www.usaco.co.jp/u_news/detail.html?itemid=42&dispmid=605