抄訳
細胞やDNAに傷をつける「悪玉」とされてきた活性酸素(ROS)ですが、軽微なストレスはむしろ細胞の防御力を高めて寿命を延ばす「善玉(ホルミシス効果)」として機能します。しかし、「どの程度のストレスなら善玉になり、どこを超えると悪玉になるのか」という運命の境界線(閾値)は、世界の老化研究において長年の大きな謎でした。
本研究では、メチオニン代謝物であるS-アデノシル-L-ホモシステイン(SAH)の量を調節する「SAH加水分解酵素」の活性を適度に(部分的に)抑えることで、細胞内で一過性のマイルドなROS(善玉)が発生し、これが引き金となって寿命が延長することを世界で初めて定量的に明らかにしました。逆に、阻害が強すぎると悪玉ROSが溜まり短命になるという「二面性」の境界線を握るスイッチが、まさにこの酵素であることを突き止めました。
さらに、この長寿効果の下流で働く鍵因子として、液胞膜(リソソーム)に存在するABCトランスポーター「Ybt1」を特定しました。通常は排出ポンプと考えられているYbt1が、老化を促進する代謝物質・S-アデノシル-L-メチオニン(SAM)を液胞内へ空間的に「隔離」するという、これまで知られていなかった役割を担っていることを立証しました。これにより細胞内が疑似的な「メチオニン制限状態」となり、若返りシグナルであるAMPKの活性化やTORC1の抑制、オートファジーが引き起こされて寿命が延長します。
本研究の成果は、食事制限を伴わない健康寿命の延伸や、メチオニンに依存して増殖するがん細胞を標的とした新たな治療戦略の確立に大きく貢献するものと期待しています。